高校教育を問う 成長段階での学びの場は私たちに何を与えてくれるのか

 昨年の10月、中央教育審議会は、初等および中等教育など日本型学校教育に関する包括的な改革案を提示しました。コロナ禍の発生後、初めてまとめられた案として世間も大いに注目しましたね。

 そこには、ICT(情報通信技術)やオンライン教育の活用、「個別最適な学び」の実現と言った新たな
課題に踏み込んでおります。また学校が学習指導だけではなく、生徒指導など多様な役割を担うべく、ある意味伝統的な「日本型教育」の継承・発展も打ち出しております。

 いろいろその意気込みは伝わってくるようですが、実際私たちは何のために学校に通っているのでしょうか…。例えば高校時代を思い出してみて下さい。私もそうでしたけど、多くの生徒たちは高校学習の面白さに引かれてではなく、①進学準備に向け、②部活動に力を入れたい、③友人との交流が楽しい、④高卒資格の取得など、といった理由だったと思われます。

 これらについては何も否定するものでもなく、高校は教育以外の通過点でもあることに変わりありません。しかし、これでは高校での学びとは直接的には無関係か、教育本来の意図とは乖離してしまっています。

何より中央教育審議会が向き合うべき課題は、一口に言って高校の魅力を取り戻すことでなないでしょうか。高校が単なる通過点ではなく、生徒を高校教育につなぎ留めて、その成長と学びを実感させるため、高校がとうあるべきかを問うべきでしょう。

それは単に机に向かっておとなしく座っていれば済むものではありませんね。地域の人と交わりながら、共に地域の問題解決に向けて活動したり、先輩として幼児や初等教育に関わったり、あるいは行政や企業とタイアップしイベントに加わったり、若いエネルギーと知力を十分活用できるような場作りも必要ではないでしょうか。まさに教育は、現場で行なわれているのです! コロナに負けるな!