日本はかんがい大国!? 農業を支えた歴史が物語る

ご存知の通り、我が国の国土はその3分の2は森林に覆われて、平地は非常にすくない土地柄です。したがって、これほどの海までの高低差があれば、河川の流れも当然、急で早くなります。
なおかつ雨は、梅雨や台風のシーズンに集中します。日本の年間降水量は1668ミリ。これは世界平均の約1.4倍ですが、実際に利用できる量はその半分以下でして、1人当たり3373平方メートルとのこと。
このような地形や気象条件により、我が国はかつてから水を貯えることを必要としました。いわゆる「灌漑(かんがい)」と呼ばれるものでして、灌漑は人工的に水を引き、農産物が育つ環境を整えることを意味します。河川や湖沼からの取水堰(せき)や用水路、ため池などが、そのための施設に該当します。
国内では今も大規模なものだけで、約7600もの施設が稼働しております。こうした施設の歴史は古く、日本で灌漑施設が広がった歴史は、大陸から渡来した稲作と密接なつながりがあります。今までも、日本最古の稲作集落の1つとされる縄文晩期~弥生前期の「板付遺跡(福岡県)」からは、用水路の跡が発見されております。また、飛鳥時代に作られた国内最古の人工ため池「狭山池(大阪府、約36㌶)は、奈良時代でも有名や僧侶・行基も改修に携わったとされています。
かくして灌漑施設は農業の振興と、それに基づいて生活する地域社会を支えてきました。さらに地域の基盤整備を進める公共事業としての役割も担ってきました。いわゆる灌漑施設整備は、「治世」とも密接に結びついてきたのですね。
今後、人口が爆発的に増大し、世界各国においての水不足および食料不足が危ぶまれます。そんな中で、我が国の経験と技術をどう活かし世界貢献を果たすくべきか、まさに国家戦略として方向性を明確に打ち出していかねばならないでしょう。 コロナに負けるな!